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さて、第二弾はなにを書こうかと考えたところマスターからの提案に、ジャムセッションについて、というのがあったのでそれについて少し。
僕がNYに渡ったのは1988年10月、今と違ってまだまだ「恐くて汚いNY」というイメージが当てはまる、なんともいえない緊張感に満ち溢れていた。夜な夜な出没するホームレスの物売りたち(拾ったもの、くすめたものを路上に広げて売る)で、当時僕が住んでた2nd Avenueの13丁目あたりから5丁目あたりまで埋め尽くされ、なかなか異様な光景だった。
そんな中、毎晩のように通ったのが著名ジャズクラブ「BlueNote」でのジャムセッション。毎晩有名どころが通常のライブ演奏したあと、ステージを少し片付け、ハウスバンドのセッティングが出来次第始まり、4時頃まで演奏は続いた。
ハウスバンドのメンバーはジャスティン・ロビンソン(as)、ウィナード・ハーパー(ds)、エリック・レモン(b)、ピアノはいつも違ってたように思う。今でも覚えてるのは初めてジャスティンに指名されてベースを弾いた時の事。指名される前に演奏してた曲が、超〜〜アップテンポの「Cherokee」。
「あら〜〜、メッチャ早いんちゃうん、これ」って僕も客席で思ったけど、そのときベースを弾いてた子はもっとビックリ。結局4分音符が弾けず、2分音符を弾くわけやけどこれまたベターと粘ってしまって、そのあいだドラムのウィナードは涼しい顔してブラシで強烈にスィングしてるし、ジャスティンはこれまた涼しい顔で吹き倒し、でも、途中で自分のソロやめて僕を指差し「お前が変わってベース弾け」の合図。
いや〜、あの〜、そんな嵐のような演奏の途中に入っていって弾けって言われても・・。
でも、こういう時「いや〜、ちょっとぉ・・・」とか言って物怖じするの好きじゃないから、「は〜〜い」って元気良くステージに上がりベーシスト交代。ベースの弦高が僕好みだったのと、ドラムのウィナードのちょっとプッシュするビートがちょうど僕のと合ってたおかげで、その嵐の中をルンルンで通り抜けることができた。
もし僕もその前のベーシスト同様嵐に吹き飛ばされてたら、『だめレッテル』が貼られて、のちのち辛いことになってたかも。ちなみにそのベーシストは、その後ステージに上がるたび嵐に遭遇してました。「Minority」、「It's You Or No One」、「Oleo」、なんかも、はやくステージから降ろしたいミュージシャンが出てきたら、ジャスティンは嵐を呼ぶテンポで吹いてたなぁ・・・。お〜、こわ。
さて、その「デビュー」から1週間後くらいにベースのエリックからTel.があって、何日間かトラをお願いされた。ウィナードがすごく僕の事をプッシュしてくれたらしい。その時以来、やつとは長い付き合いになった。
さて、Tel.の内容は、12時くらいには店に来い、アンプは店にある、服はなんでもいい、など極めて事務的に話してくれたので英語がサッパリの僕にもなんとか理解することはできた。たぶんその日は土曜日だったと思うけど、店に行ったら通常のライヴが終わったばかりで大混雑。
しょうがないので店の外で待ってると自転車に乗ったウィナードが登場。やつはニュージャージーに住んでいて、駅まで自転車できてそのままPathTrainというNJとNY間を走ってる電車に自転車と共に乗り店にやってきていた。
で、二人で店に入ってステージが片付くのをしばらく待ってセッティング。もうその頃にはジャスティンもピアニスト(誰やったっけかなぁ・・・。)も来ていて、僕らのセッティングが終わるのを待ちかねた大勢もステージに上がってきて演奏がスタート。相変わらずジャスティンは曲名もなにも言わずに勝手に吹き始めやがる、ホンマにもう。
そういえばこれがNYでの初仕事、もうちょっと感慨深いものがあるかなって思ってたけど、全然。なんだか気抜けがするくらいものすごーーく自然なことに思えた。
ウィナードとなんてもう長年一緒にやってるような錯覚に陥るくらい全てがスムーズだった。やつとは年も違うし、育ってきた環境なんてとんでもなく違うし、でも音を出した瞬間から、お互いに「Yeah, Brother ! Sounds Good , man.」となる。やっぱり音楽はUniversal Languageです。(最近Jimmy Heathがしょっちゅう言うてる。)
ジャムセッションのベースはたいへん。
特にハウスベーシストは、もし誰もベーシストが遊びに来なかったら休憩なしで文字通りずーーーーっと弾き続けるわけで、一度なんて別の店のセッションだけど7時ころから12時まで5時間弾き続けたこともある。休憩は曲間「なぁ、次なにやろ〜?」とみんなが勝手に相談してる2,3分だけ。時には30分くらいメトロノーム400近い速さの4分音符を弾き続けなアカンしね。
逆にゆっくりしたテンポで例えば「Stella by Starlight」とかやっても、みんな「おっ、それやったら俺、なんぼでも吹けるで。」とばかりにぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろ。これはこれで後ろで4分音符弾いてる身には辛い。というのも管楽器の連中の中には後ろのリズム隊のことを「生カラオケ」「生マイナスワンCD」と勘違いして、何コーラスもダラダラと吹き続ける輩が必ずいる。
そういうときには自分に刺激を与えるためにも例えば2拍3連でとって3拍子のウォーキングをするとか、ずーっと4分音符の裏打ちでウォーキングするとか、ウォーキングしないで全音符で遊ぶとか、いろいろなアイデアを試したりすることもある。
その場合ソロイストたちの反応は様々で、「え?あの〜、そんなこと弾かれたら僕、困るんですけど。」と、明らかに困惑した表情で後ろを振り返るやつ、同じように振り返るけどちゃんと言葉で「ねぇ、普通にウォーキングしてくれる?」と文句を言うやつ、そういったアイデアに刺激されてどんどんソロが広がっていくやつ、一体なにが起こったのかわからなく、1コーラスも吹けずに恨めしそうな目で僕を睨んでステージを降りていくやつ、などなど。
でも、こういった新しい経験を積んでいく事によって僕自身も含めてみんなドンドン変化していくんやろうね。全然吹けなかったやつは、「う〜ん、もっと練習せなーー。」って思うだろうし、見事に吹いたやつは、「ふ〜ん、こういうアイデアでソロを膨らませるのもオモロイな。」って,より一層努力するだろうし。そういえば最近はもうジャムセッションに遊びに行くこともないなぁ・・・。
昔のあのドキドキするような、何が起こるか予想がつかないセッションが懐かしい・・・・。
こんなこと書いてたらなんだか急にC.P.ジャムセッションでベース弾きたくなってきた。でも、登場するには、ちょっと遠いよなぁ〜。
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